レシピ本に「塩少々」と書いてあると、少し困ります。ひとつまみとはどう違うのか、適量ならなぜそう書かないのか。毎日台所に立っている人でも、改めて聞かれると答えに詰まる言葉です。今日はそのあたりの調理用語を、ひとつずつほどいていきます。
「少々」と「ひとつまみ」、何が違うのか
結論から言うと、使う指の本数が違います。「少々」は親指と人差し指の2本でつまんだ量、「ひとつまみ」は親指・人差し指・中指の3本でつまんだ量とされています。指が1本増えるぶん、ひとつまみのほうが少々よりやや多めになる、という理屈です。
この使い分けは、計量スプーンが普及する前から続いている感覚的な表現です。塩や胡椒のように、料理全体の味を大きく左右しない調味料に使われることが多く、几帳面にグラム数を決めなくても味が破綻しにくいという前提があります。逆に、砂糖や醤油のように味の輪郭をつくる調味料では、少々やひとつまみという表現はあまり使われません。
実際の場面で言うと、味噌汁の塩気を少し締めたいときに「塩少々」を加える、といった使い方です。小さじにも満たない量ですが、味噌汁全体の輪郭がすっと締まります。これを計量スプーンで量ろうとすると、かえって手間になってしまいます。
では「適量」はどう考えればいいのか
適量は、少々やひとつまみよりもさらに幅の広い表現です。作る人の好みや、素材の状態によって必要な量が変わるときに使われます。例えば胡椒を「適量」とする場合、辛みの好みは人によって大きく違うため、あえて具体的な量を書かないという判断がされています。逃げているわけではなく、書いても意味が薄いから書かない、というのが実情に近いところです。ただし、初めて作る料理では適量の判断が難しいので、最初は控えめに入れて味を見ながら足していくのが安全です。
「面取り」はなぜするのか
面取りとは、大根や里芋などの角をそぎ落とす下処理のことです。結論を先に言うと、煮崩れを防ぐための工夫です。
野菜を煮ると、鍋の中で具材同士がぶつかったり、対流で揺れ動いたりします。角が立っていると、そのぶつかった部分から崩れが始まりやすくなります。角を落として丸みを持たせておくと、衝撃が一点に集中しにくくなり、形が最後まで保たれやすくなるのです。見た目をきれいに仕上げるための作業だと思われがちですが、実際には食感を守るための下ごしらえという側面が大きいものです。
具体的には、大根を厚さ2センチほどの輪切りにしたあと、包丁で側面の角を薄くそぎ落とします。これをおでんやふろふき大根のように長時間煮込む料理に使うと、煮くずれがぐっと減ります。切ったときのわずかな手間で、煮上がりの安定感がまったく変わってきます。
すべての料理でやるべきなのか
短時間で仕上げる炒め物や、味噌汁の具のようにすぐ火を通して食べるものでは、面取りをする意味はほとんどありません。煮くずれるほど長く煮ないからです。手間をかける価値があるのは、長時間煮込む料理に限られる、と考えておくとよいでしょう。ここは迷うところですが、家庭料理であれば見た目よりも味を優先して、省いてしまってもかまわないと思います。
「アク抜き」は何を取り除いているのか
アク抜きは、野菜や肉から出るえぐみや渋みのもとになる成分を、水にさらしたり茹でこぼしたりして取り除く作業です。結論としては、味をすっきりさせるための処理です。
ごぼうや里芋、たけのこなどにはポリフェノールの一種やシュウ酸といった成分が含まれています。これらは空気に触れると茶色く変色したり、口に残る渋みの原因になったりします。水にさらすことでこうした成分を水に溶け出させ、変色や雑味を抑えることができます。肉や魚の場合は、茹でこぼすことで血合いや余分な脂を落とし、臭みを和らげる意味合いが強くなります。
具体的には、切ったごぼうをボウルの水に5分ほどさらすと、水がうっすら茶色く濁ります。これがアクです。さらさないまま調理すると、きんぴらの色が濁ったり、独特のえぐみが強く出たりします。
水にさらすだけでは足りない場合
たけのこや山菜のように渋みが強いものは、水にさらすだけでは不十分で、米ぬかや重曹を使って茹でこぼす必要があります。逆にほうれん草のようにシュウ酸を含む野菜は、さっと茹でて水にとるだけで十分です。すべての野菜に同じ処理をすると、味を損なうこともあるので注意が必要です。ちなみに、じゃがいもの変色を防ぐために水にさらす作業もアク抜きと呼ばれることがありますが、こちらは酸化防止の意味合いが強く、渋み抜きとは少し目的が違います。
「余熱で火を通す」とはどんな状態か
余熱で火を通すというのは、火を止めたあとも食材や鍋、フライパンに残った熱で調理を続ける方法です。結論を言うと、火を止めた瞬間に加熱が終わるわけではない、という前提に立った調理の考え方です。
鍋やフライパンは金属の塊なので、火を止めてもすぐには冷めません。中に入っている食材も、その熱をしばらく吸収し続けます。とくに厚みのある肉や、ゆで卵のような塊状の食材は、中心部まで熱が伝わるのに時間がかかるため、外側だけ火を通しすぎず、余熱で中心まで仕上げるという方法が使われます。
具体的には、鶏ハムを作るとき、鍋の湯を沸かして火を止め、鶏むね肉を入れたまま蓋をして30分ほど置く、という作り方があります。加熱し続けると肉が固くなりますが、余熱でじっくり火を通すことでしっとりとした仕上がりになります。ゆで卵も同様で、沸騰したお湯から火を止めて数分置くことで、黄身の固さを調整できます。
ただし、余熱だけに頼るのは危険な場合もあります。厚みのある鶏肉や、ひき肉料理では、中心部まで十分な温度に達していないまま食べてしまう恐れがあるため、心配なときは温度計を使うか、切って中まで火が通っているか確認したほうが安全です。
「一煮立ち」はどのくらいの時間か
一煮立ちとは、鍋の中身がふつふつと沸騰し始めた状態を指します。結論としては、時間ではなく状態を表す言葉です。何分、と決まっているわけではありません。
煮物や汁物のレシピで「一煮立ちさせる」と書かれているのは、調味料や具材を鍋全体に行き渡らせ、味をなじませるための合図です。沸騰したことを確認したら、そこで火を止めたり、次の工程に進んだりします。鍋の大きさや火力、具材の量によって沸騰するまでの時間は変わるため、時間で管理するよりも、鍋の様子を見て判断するほうが確実です。
具体的には、味噌汁を作るとき、出汁に具材を入れて煮て、最後に味噌を溶き入れたあと、ぐつぐつと表面が泡立つのを確認してから火を止めます。これが一煮立ちです。味噌は煮立たせすぎると香りが飛んでしまうため、長時間ぐらぐら煮込むのとは区別して考える必要があります。
「ひと煮立ち」と「ぐらぐら煮る」の違い
一煮立ちは、沸騰を確認したらすぐに次の工程に移る、比較的短い時間を指します。一方で「ぐらぐら煮る」「じっくり煮込む」といった表現は、沸騰した状態を数分から数十分にわたって維持することを意味します。同じ沸騰でも、目的が味をなじませることなのか、素材を柔らかくすることなのかによって、言葉が使い分けられています。ここを混同すると、味噌の風味を飛ばしてしまったり、逆に火の通りが足りなかったりするので、レシピの言葉づかいには少し注意を払う価値があります。
